初めてのヨーロッパ。入国先はラトビア。いきなり南京虫の洗礼を受ける

トラブル

にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周(西回り)へ
にほんブログ村ラブディーエン(ラトビア語でこんにちはの意)

またびのまさるです。


リアルは今、リトアニアのトラカイという湖に浮かぶ城のある街にいます。

僕は、今日朝6時過ぎから約3時間の戦いを終え、しばしの休憩。

この戦いは4日も経つが、まだまだ終わらない。

そう、このバルト三国は、「Fight with enemy」

この一語に尽きる。

まずは入国早々、つまり1面でいきなり、クッパが出てきたような強敵が現れる。

「南京虫」じゃじゃジャッッジャジャッじゃじゃっー

苦闘の歴史を振り返る。

① 出会い それはスマートホステルという名の全然スマートじゃない出会いから
夜行バスで、ベラルーシのヴィプテスクというシャガールの街からラトビアの首都・リガに入る。ベラルーシのミンスクからトランジットビザでくる人が大多数だと思うが、このビテプスクからリガの夜行バスもまあまあいいと思う。22:30発の9時過ぎ着です。
宿に着くと、レセプションでスタッフを探すが、誰もいない。
テーブルには紙が置かれていて、電話して下さいと書いてある。
電話のない旅行者は無力なやつだ。
1時間程待つと、掃除をするスタッフが来た。
とても焦っている。
「お客が多くて、掃除が大変。待っててくれる」
と言われ、また1時間待つ。
12時過ぎに団体がチェックアウトし、ようやくチェックイン。
出だしからスマートではないけれど、僕は「問題ないよ。時間はあるし」とスマートな対応をする。
10人部屋のドミトリー。
窓辺の日が当たっている2段ベッドの下が空いていたので、迷わずそこに決める。
夜行で疲れたので、ベッドの上で3時間程、ネットを見たりして休む。
この時、僕は全く気付いていないが、
もう僕らは出会っていたのである。
スマートじゃないスマートホステルはこちら
6ユーロ位なので値段はとてもいい。
② 違和感 Rigaの街はこんな街 観光中に感じる腕と足への違和感 ダニかな?
リガには一泊しかしない予定だったので、与沢翼ばりに「秒速で観光する」
リガはこんな街
素敵な雰囲気。
でもよくよく考えると少し違和感を感じます。
なんでこんな高い教会を高い建物の周りに建てたの?
誰目線なのか?少なくとも通行人目線ではありません。
そして街中に急にお花畑。
教会の中に入るとさらに違和感を感じます。
まずは祭壇(左)よりも後ろのパイプオルガン(右)の方が豪華。あれ?
次に飾られている飾りのセンターは3人のナイト。剣など武器に囲まれている。あれれ?
でなんかよく見ると怖い。髑髏の上に十字架が立ってそこに蛇が絡まっている。その十字架の上にナイトがいて、ナイトを踏みつけるように、目隠しをした女性が十字架を持って立っている。意味はわからないけど、なんか怖い。
そして右の天使の目が・・・座っている。
で外に出てみると。
うん。確実におかしいね。
さらに
大砲などの武器が飾られている。
その大砲の根元というか末端には、玉を持ったおじさんの彫刻が施されている。
これ、大砲を撃ったり、運んだりするときに、このおじさんの彫刻を見て、戦意が高まるのかな?一体何を感じるのだろう。どう考えても邪魔だろ?いちいちこのおじさんが引っかかって細い路地回れないとか、おじさんがぶつかって、ガラス窓割ってしまうとかきっとあったと思います。
そんな違和感を感じながら、身体にそれ以上の違和感を感じる。

「なんかかゆい」

腕と足が特にかゆい。

僕もダニとかノミにやられた経験は少なからずあるから、スマートじゃないスマートホステルでやられたことはわかった。

早速ツイートしている。

そうこの時はダニにやられたと信じている。

健気な自分に泣けてくる。

この後に来る地獄の苦しみをこの時の僕はまだ知らない。

③ 対策その1 ベッドを変える。このままじゃ寝られない!
宿に戻って、やはりベッドにダニがいて、そこにまたわざわざ寝るのはどうも気がひける。拙い英語で、宿のスタッフに腕の刺され痕を見せながら、「ベッドを変えて欲しい」と頼む。
ベッドは空いていたから、もちろん軽い感じで「OK でもその傷大丈夫かい?」なんていう返事を期待していたが、返ってきたリアクションは
「え?マジで?どうしよう?」
宿のスタッフは明らかに困惑していた。
そのリアクションに僕も困惑した。
別に訴えようとしている訳でもないし、ただベッドを移動したいだけ。
彼は
「ああ、わかっている。でもちょっと待ってくれ」
と思案している。
僕はこの時気付くべきだった。
事態は決して楽観できないと。
2段ベッドの上で寝た。
④ エストニア タリンへ移動 ヤツ(南京虫)も移動しているハズ
どうも昨日着ていたパーカーを着ると痒いことに気づいた僕はそのパーカーをビニールに入れ、リュックに入れた。
洗濯できる時間はタリンでは足りん。
まさかの出てしまいました。
足りん、イヤ、タリンも与沢翼並みに「秒速で観光」とは行かず、
タリンの美術館「MOMA」ならぬ「KUMU」に2時間を費やす。
この美術館のキューレター(学芸員)はとても優れていると感じた。
僕は不覚にも絵の展示を見て、涙が出てしまった。
19世紀後半から絵を並べてあり、初期は、肖像画としての絵画、1910年代はとても自由で華やかで、それが1915年以降急に固く暗くなる。これはロシア革命の影響のように思われる。そして一枚の絵が、黒い壁の中央に飾られている。それはタリンの破壊された街を描いた作品であった。明らかにキューレターの意思、意図が感じ取れた。戦争以降のソビエト時代の暗い色調から、80年代に入るとウォーホールのような商業主義というかコマーシャルのような絵画と続いていく。まさか、美術館で歴史を感じるとは。不覚にも泣いた。
時代が絵にも影響を与える。つまり芸術も社会の影響を逃れない。
ちょっと時間があったら、このKUMUの展示は別にまとめたい。
雰囲気だけでも
19世紀後半
すみません。絵はフルサイズのものもありますし、フレームでトリミングしちゃっているものもあります。右は完全にトリミングしています。
1900〜1910年くらい;自由な時代
1915年以降 何か言いたいことが抑えているような
それ以降
マボロシの世界かもしくは諦めて寝るという境地する感じます。
そして戦争中
祈る女性の彫刻と並んでおかれていました。素晴らしい演出だと思います。
面白いオブジェもあったので、僕も写真を撮ってもらいました。
この女の子の父に頼みました。
巨大な椅子に座るちっぽけな男というイメージでお願いしました。
「おい」
これじゃただ普通の椅子に座ったオヤジが恥ずかしそうに気取っているってだけの画に。タイヤ感全然ないよ。
なんで寄ったんだろ?
勘弁してよ。
と心では思い、写真を見て
「Good」
とサムアップしてしまう。弱い自分。
そのあと、それこそ「秒速でタリンの旧市街を観光」しました。
エストニアは順番を譲ってくれたり、道では必ず車が止まったり、とても紳士な印象を受けました。そして街もとても綺麗です。物価はバルト三国の中では一番高かったかな。
泊まったホステルはこちら
バーも経営していて、キッチンはバーと併設しています。そこでは結構旅人同士で話したり、自由な雰囲気があります。壁のポスターとかもちょっとひねくれていて面白い。ライブハウス感があります。僕はそこで、ドイツ人の親子と言っても息子は20代、親父は60代くらいと話しました。親父に2時間以上、ルーマニアの良さを解説してもらいました。
真面目、ドイツ人。旅行行程の9日間、地図とともに写真を一枚一枚解説付き。この話を聞きながらも、僕の腕はまだ痒かった。
とにかく、シャワーで熱いお湯をかけると痒みが和らぐ気がした15の夜。
⑤ ヴィリニュス(リトアニア)もう一つの戦い VS ジョブス似のドイツ人
ヴィリニュスには夜20時過ぎに着いた。
バスターミナルを降りて驚いたのは、なんだこの人気のなさ。
着いたのは平日の木曜日。
スーパーが21時までだというので、急いで行く。
お酒を買うと
「20時以降販売できない」
と言われる。
出た。
法律で決まっているそうだ。
日曜日は15時まで。
呆れてツイートした
だよな。ちょっとこう言う規制は息苦しい。
そして今回の宿はこちら
一泊11ユーロ。2段ベッドじゃないけど、なんか屋根裏の野戦病院みたい。21時にはもう部屋の電気は消されていて、誰一人何も話さない。
高校の古典の小林先生が9組に言ったセリフを思いだす。
「静かなること、墓場のごとし」
まさにこんなホステルです。
ジャマイカってボブ・マーリーも泣いているぜ。俺の絵使うなよって。
そしてこの静けさが深夜の騒音を助長する。
⑥ 深夜 これは夢なのか現実なのか? 現実でした!
僕はひどく疲れていた。
連日の与沢翼の秒速観光。
そして毎晩寝ながらも腕と足の痒みに悩まされる。
洗濯もせずに、シャワーを浴びてすぐに寝る。
それは深夜、僕は何回か目を覚ます。
何か布団を引っ張られたような、枕を叩かれたようなそんな感覚がある。
目を覚ますが、何もない。
夢だったのか。
再び溶けるように眠る。
しかしまた同じように誰かに起こされている気がする。
そんなのを3回繰り返す。
そして4回目、ことの真相が明らかになる。
僕のベッドの脇に欧米人が立ち、顔を近く付ける。
声を押し殺しながら
「うるさくて寝られない!いい加減にしろ!」
と怒鳴る。
僕は寝起きではっきりしない頭で考え
「そうかいびきがうるさかったんだ」
と納得し、謝り、体の向きを変える。
僕のいびきは
「豚みたいだな」
と高校時代、部活の山ちゃんに言われたことを覚えている。
それくらい、うるさい。
申し訳なかったなと思いながら、早朝の4時に怒鳴られた僕はしばらく寝られなかった。
だんだん沸き起こる気持ち
あんな言い方ないよな
僕を怒鳴った欧米人がわざとらしくため息をなんどもつく。
少し泣きたくなった。
⑦ ヴィリュニスを秒速で観光 去来するのは昨夜のこと
朝、目が覚めるともう9時を過ぎていた。
隣の欧米人はもう出かけていた。
リュックサックが置いてあったけど、今日チェックアウトしてほしいって心から願った。
とてつもなく眠い。
そりゃそうだ、昨日4タッチもされたのだから。
朝食を作り、食べる。
声をかけられたのは「紅茶のティーパック一つくれないか?」
それだけだった。
あとはみんな誰一人話していなかった。
挨拶だって微妙だぜ。
秒速の観光に出かける。
まずは夜明けの門
ここのマリア像は有名らしい。
ちょうどミサが行われていた。
神父が
「Love your eyemies!」
と言う言葉が聞こえた。
まさか、こんなタイミングよく言われるとは。
ああ、そうか神様は、昨日の彼を許せと言っているな。
僕から昨日はごめんと謝った方がいいのか?
でもあんな言い方はないよな。
僕は相変わらず昨日のことを引きずっていた。
観光しても考えるのは、帰ってあいつがいたら嫌だな。
帰ってから何を伝えるのかも決めていなかった。
ヴィリュニスで僕が気に入った場所は
UZ地区。
ウジュピス共和国の略で、1997年に勝手にリトアニアからの独立を宣言したけれども、国連からも認められていない。ヴィリュニスのモンマルトルと言われ、芸術家たちが多く住んだ街である。壁にはこの共和国の41の憲章が描かれている。
それかとてもユニークだ。
Everyoneから始まる文章。
こんなものがある。
「誰もが死ぬ権利がある、でもこれは義務じゃない」
「誰もが失敗する権利がある」
「誰もが愛し、そして猫を世話する権利がある」
中にはNo-oneで始まる文章もある。
「誰も人を有罪にする権利はない」
そして最後の三つはDo notで始まる。
「倒すな」
「やり返すな」
「降伏するな」
この強い意志とユーモアが芸術や自由な気風となったこの狭いエリアに溢れていた。
ここには自由があった。
思想が、そしてアートがその街を彩ってる。
つまり、僕たちの生活はそうしたものから無関係じゃないんだと。
暗くなる前に宿に戻る。
「あいつがいたら嫌だな」
そのことばかり考えていた。
⑧ アイツはスティーブジョブス似
宿に帰ると、アイツはいなかった。
よっしゃーーーーー。
と思うのも束の間、
リュックサックがあった。
そうアイツは戻ってくる。
予想通り、30分もしないうちに戻ってくる。
僕の顔を見ると怪訝な顔をする。
何も言わずに通過しようとするので、僕は考えていたセリフを言う。
「昨日はうるさくてすまなかった。だけれど、お願いがあるんだ。もし僕が今夜もうるさかったら、怒鳴ったりしないで、軽く肩をたたくだけで起きるから」
と話す。
とても優しく、紳士的に話したつもりだ。
でも、アイツは違った。
僕の話を聞くや否や
「オーマイゴッド!オーマイゴッド!オーーーマイゴオオオオッド!」
を連発した。
僕の人生で、僕のことに関して、目の前で頭を抱えて大声で「オーマイゴッド!」と言われたことは今までなかった。
と言うかみんな普通ないと思う。
失礼だよね!
そのあと、アイツはまくしたてるように話し始めた。
そうアイツは死ぬ前のスティーブジョブスに顔が似ている。
坊主でメガネをかけて、ちょいヒゲのやせている。
ジョブスはまくしたてる。それこそジョブスばりに。
「なんてこった。昨日は最悪だった。いいか12時から4時まで一睡もできなかった。ようやく寝れたのは4時から2時間だけだ」
「俺はここに7日いなきゃいけない。そのうち二日こんな目にあうなんて」
「いいかい。君は病気だ。今すぐに病院に言って、いびきの治療をしてもらわないと、心臓に悪いぞ」
僕もいい加減に頭がきた。
こっちが下手に出たからって調子に乗りやがって、好き放題言うなってでもとても理性的に答えた。
「いいか、僕がいびきがかくのは申し訳ない。でも好きでやっている訳じゃない。とにかく僕は今夜、うつ伏せで寝るから。ベストを尽くす」
と言い返す。とても紳士的じゃないか?
でもジョブスは
「そんなことしたって無駄だ。君はきっといびきをかく。昨日1秒たりとも止まなかったからな」
僕も負けじと
「いいか。睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠があって、ずっといびきをかいているってことはない」
ジョブス
「いや、君のいびきは異常だよ。病院に行くべきだ。僕の国じゃそれは治療対象だ。寝ている間を録画して対策を考える。そしてマウスピースとかの器具を作るんだ」
「君の国ってどこだい?」
ジョブス
「ドイツだ。僕は3週間の旅で来ている。その内7日をこのホステルで過ごす」
「僕は、仕事を辞めて1年間旅をしている」
そう話すとジョブスの目の色が変わった。
ジョブス
「オーマイゴッド!」
今度はニュアンスが違う。アンビリーバブルに似ている。
それから旅のルートとかの話になる。
あれ?
あれれ?
さっきまでの喧嘩はどうした?
それから僕がガイドブックを持たない旅をしていることに関心を示す。
僕がWikivoyageで調べているから大丈夫と答えると彼の目が光った。
何かのスイッチが入ったらしい。
「Wikivoyageはダメだ。情報が少ない。ほらこれを見てみろ。バルト3国だけでこれだけの厚さがある」
取り出したのはRのつく題名は忘れたが分厚いガイドブック。それとは別にロンリープラネットも持っていた。ロンプラの2倍の厚さはある。さらにジョブスは
「ロンリープラネットも情報の間違いが多い。だからこれが一番だ。でもこれの問題は、軽い紙を使っていないから重いんだ。これをいつも肌身離さず持って旅しているんだ。クレイジーだろ?だけど家に帰って、何かであーあそこにいい場所があったのにってなりたくないから、徹底的に読み込むんだ」
と話す。そして僕がバルト三国で行った場所を聞き、
「あそこも行っていないのか?オーマイゴッド!だからwikivoyageじゃダメなんだ」
と話す。
そんなこんなで1時間は話す。そこにちょうど韓国人の新しい宿泊客が来て、一緒に話をする。彼もまた薄いガイドブックだったので、ジョブスの講釈が始まった。
「いいか君はまだガイドブックを持っているからいい、でもWikivoyageってのだけはやめておけ」
なんて僕をネタにして笑っている。まあいい。
僕はちょっと夕食を作りに行ってくる。と話しその場を去る。
やれやれ
なんて展開だ。
和解はしていないが、少しは互いを理解し合えたかな。
互いを理解するって大切。
キッチンではメキシコの50代の女性と話をした。
彼女は「自分が60歳になるまでに60か国周りたい。今は53か国目」
と話す。とてもチャーミングな人だ。
彼女がいちばん好きな国はやっぱり「メキシコ」だそうだ。
するとキッチンに一人の女性が入ってきて言う。
「もうちょっと声を小さくしてくれない。隣が部屋でうるさいの」
時計を見るとまだ21時30分。
僕たちはそんな大声で話していた訳じゃない。
二人に聞こえる範囲で話していたにすぎない。
このホステルがなぜ墓場なのかよくわかった。
禁止、禁止ってばっかりやってると息苦しくなるんだよ。
それと自殺率は僕は相関関係があるように感じる。
22時すぐに部屋に戻るとジョブスはもう寝ていた。
ジョブスも昨日疲れていたんだね。
すまなかった。
そして朝。
気になるタッチ数は、
1タッチ
朝方一回とても優しく1タッチありました。
ごめんね、またうるさかったね。
でも昨晩は僕とまたもう一人仲間が増えたから、さすがに観念したか。
朝起きるともうジョブスは観光に出かけていた。
三本の十字架の丘の上から朝日を眺めるのが最高にいいとガイドブックに書いてあったそうだ。ジョブスは重いガイドブックを抱えながら丘の上で何を思うだろう。
多分この言葉だと思う
「Love your eyemies!」
愛してるぜ、ジョブス。
僕は宿を出た。
⑨ 本当の敵(ememies)は南京虫。こいつは愛しちゃいけないぜ!
情報量が漬物石みたいに重いジョブスからのアドバイスで僕はトラカイという町に行くことになる。
見所は一つ。
絵本の世界だよな。
そしてこの絵本の世界で僕は最後の戦いに挑む。
泊まったホテルはここ Liūto kalnas
一泊20ユーロ。小さいシングルルーム、シャワーは共同。バスターミナルから2.5km。城からは4kmと場所は不便。
僕がシャワーを洗面所に入った時に、白いTシャツの上を動くものを発見する。
そう
やつだ!
これはネットから拾ってきた画像。
悪いけど、こんなことしている余裕はなかった。
すぐに潰して退治。
血が滲む。
ここでようやく気づく。本当の敵は
南京虫ダーーーーーーーー
対処法をネットで調べまくる。
役に立ったサイトは
カードでこすりながら調べるらしい。
あと人には取り付かない。衣服や荷物じゃーーーー。
あとこのブログが役に立ちました

・ 夜行性。二酸化炭素に反応し、寝ている人間を刺す。明るくなると隠れる。

・ ヒトの血をエサにしているが、エサがなくても300日は生き延びることが可能。

・ 衣服やカバンなどにも寄生して、旅先でさらに繁殖する。

・ 殺虫剤に耐性をもつため、効かないことが多い。

・ 殺すには、60℃以上の熱を当て続けるのが有効。

洗濯だけじゃダメなんですね。通りで中々かゆいが収まらない。

この2点食いと腫れがやはり南京虫は強いみたいだけれど、噛み跡では判別が難しいようです。とにかく痒みがあまりひかない時はまずは南京虫を疑ってみることが大切。

今僕にできる60℃以上の対策は、

アイロン!

昨夜宿のトイレの前にあったことを思い出す。

思いたったら即行動。

アイロンを借り、ベッドの上で衣類全部にアイロンをかける。

ゴアテックのレインコートも当て布をすれば大丈夫です。溶けません。しかも防水効果がアイロンをかけると復活するということまで知れました。

アイロンをかけること2時間

対策はした。

本当はドライクリーニングとかいいようです。

サブバックのリュックサックも洗濯機で洗いました。

さらにしばらくは部屋に入る前と起床時にシャワーを浴び、服をすぐに洗い、アイロンがけをしました。

熱を発する機械、こればっかりは機械の恩恵ですな。

アイロン最強。

そしてTシャツにアイロンをかけると気持ちがいいことに初めて気付きました。

これからもたまにかけよう。

この対策の4日後、もう痒いことは無くなりました。

今回の反省を踏まえ南京虫対策で感じた大切なこと。

①痒いと思ったら即移動。

ホテルを変える、ベッドを変えるとにかくそこで寝ない!

②すぐに着ている服を着替え、着ていた服は洗濯して、アイロンか乾燥機に当てる。

洗って、熱処理。もしかしたらすぐにアイロンでもいいかも

③荷物は床に置かない

④清潔を保つ

当たり前ですが、清潔の大切さに気づきます。

そして南京虫の怖さ

① 何より痒い

とにかく痒いです。僕はまだ少なかったから良かったかもしれない。最初にベッドを変わっていなかったら地獄だったと思います。

② 無敵(熱以外)

洗濯だけでもダメですし、300日も潜伏できる最強クリーチャー。

③ 精神も病む

これは結構堪えます。南京虫と知ってから、自分が汚いもの、害悪であるという観念が生じて笑えないです。旅を続けなくちゃいけないけど、迷惑をかけてしまうかもしれないという罪悪感に駆られます。

とにかく初期対応が大切です。僕の場合、ベッドを変えたのは良かったですが、その時の服をしばらく洗わずに、また熱処理せずにビニールに入れて保管していました。これはダメですね。余計繁殖させてしまう。ダニであれノミであれ、刺された時は着ていた服を全てまず熱処理していこうと思います。一応靴もかけられる部分はアイロンをかけました。アフリカやインドで南京虫は聞きますが、まさかヨーロッパで、しかも初めてのヨーロッパで、当たるとは。

最後に本当のEmemiesに捧げるポエムを歌います。

あいつを見た瞬間 今でもを忘れない。
白いTシャツ斜めに 横切るアイツ
ルンルンと口笛ならして 張り切るアイツ
二つの赤い斑点が アイツのやり口
眠れぬ夜を 闇への恐怖を アイツは巻き起す
やるなら ジェットで60℃
一気にヒートで全滅さ!
2度とごめんだ あいつとは
あいつの名前は そう
南京虫
またび
旅はまだ続きます。
ご清聴ありがとうございます。

コメント